存在そのものがメッセージになる

愛ある思いが、言葉を紡ぎ、人と人とをつないでいく

見方を変えれば、生きるのが楽しくなる

突然ですが、

 

僕の周りには面白い人が多いです。

 

特に、この3年ほど、今まで、知り合う機会がなかった、ひと味違う濃い人たちと仲良くなり(させて頂き)、輪を掛けて面白くなることが多いです。

 

そういえば、今に限ったことではなくて、

 

昔から、僕の周りには面白い人が多かったです。

 

別に、

 

バラエティ番組に出てくるお笑いの人達のような、

 

トークもアドリブも面白い人達が沢山いた訳ではありません。

 

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ただ、

 

友達や先生、関わった人達の何気ない口癖や、クセ、間抜けな行動など、

 

チラリと見えるその瞬間を、見逃さなかっただけです。

 

面白い人が多かったのは、

 

ただ、自分が、

 

この人の面白い所はどこだろう??

 

という見方をしていただけです。

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日常生活の中でも、環境によって、関わる人が変化すると、

 

見方もそれぞれ変化しますよね。

 

家庭では、

 

旦那さんや奥さん、子どもに、

 

『この人には、何を言ってもダメだな』という目線や視線を投げかけていたり、

 

職場では、

 

頼りになる同僚に

 

『あの人なら、何とかしてくれるだろう』と、期待の目線で見ていたり、

 

確執のある上司に、

 

『どうして、こいつは、私に文句ばかりいつんだろう』という否定の視線で見ていたり、

 

それぞれの環境の関係性で、

 

見ている視点が違う。

 

それって、ドラマで見ていると面白いけれど、

 

現実生活で自分がやっていると、かなり感情的になるし、エネルギーが消耗しますよね。

 

私からの提案ですが、

 

日頃、している見方を統一して見ませんか?

 

『何で、あいつは、いつも、自分の気がきかなのか?』

 

『この人は、常にイラつき、皮肉屋で、怒 話しかけにくいし、怖いな』

 

などなど、

 

恐れ(否定、厳しいジャッジ)からの視点から、

 

相手の行動や投げかけてくる言葉や態度が、

 

自分の心の中でわだかまっている、

 

確執、争い、否定を

 

映し出す鏡になっていることを

 

見せてもらっている。

 

自分の心の奥に映し出しているものに気付き、

 

閉じていた、本来のあなた自身の聖性が目を覚まし、

 

メッセージとして、愛として、拡がっていくとき、

 

関係性の中で、わだかまっていたものが、幻想であることを受け取り、

 

消えていきます。

 

そのタイミングで、

 

今まで、恐れで繋がっていた人同士の関係が変化したり、自然と疎遠になっていく。

 

そして、新たに現れる人や環境が運ばれる。

 

相手は鏡であり、映し出されているのは、自分自身である。

 

そんな見方で、相手を愛から見ていくことは、

 

自分を愛することにも繋がります。

 

自分を愛することは、まずは、目の前の相手を、そして、苦手だと感じている相手を、愛からの眼差しで見てみる。

 

投影が終わってないまま、無理やり、愛そうとすると、

 

逆反射のごとく、

 

強烈に見たくない所を見せられて、

 

ますますキライになるので、自分の心が映し出しているものを、

 

まずは、ゆっくり見ていく。

 

今まで、斜めに見ていた目線をずらす感覚で、

 

中心を見つめてみてください。

 

その時、

 

『あれっ、いつもの様子と違うぞ』

 

と思えたら、

 

見方が変化してきて、

 

生きるのが、今よりも楽になっているでしょう。

 

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