存在そのものがメッセージになる

愛ある思いが、言葉を紡ぎ、人と人とをつないでいく

常識を疑え

親戚の叔父が持ってきてくれた本の中に埋もれていて、

 

手に取り、

 

ふと読み切ってしまった

 

NHKアナウンサー有働由美子さんの『ウドウロク』

 

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有働さんと言えば、

 

あさイチ』や『紅白歌合戦』の司会をしていたのと、

 

NHKのアナウンサーにしては、

 

どんな人にも、物怖じしないで、

 

自分の意見をはっきり言う人という印象だったけれど、

 

『ウドウロク』の中で、かなり印象的なエッセイがありました。

 

それは、有働さんがNHKに入局してすぐのこと。

 

記者として、『社会の中で恵まれない人』をテーマに取材をしていて、

 

紹介されたある施設で、両親が覚醒剤に手を染め、おまけに親から自分も覚醒剤を打たれていた高校生の少女を取材していたとき、

 

有働さんとその子が、歳が近いこともあり、打ち解けて、いろんな話をするようになったそうです。

 

その子は、当時、売春をしていて、

 

話を聞きながら、有働さんもお姉さんのような気持ちになっていたそうで、

 

別れ際に

 

有働さんは、その子に、

 

『売春はやめた方がええで』と告げると、

 

その子から、『なんで?』と聞かれ、

 

『なんでって、売春はあかんやろ』と言うと、

 

『だって、私、お母さんにお金送らなあかんもん。お母さんかわいそうやん。お姉さんは大学とかも出てるからええけど、私なんかアルバイトするにも施設の人が頭下げて頼み込んでやっとさせてもらえるねん。なんで売春して、お金稼いだらあかんの』

                   

と言われたそうです。

 

 

そのとき、有働さんは、

 

『売春はいけない』と信じてきたけれど、それは、親が言ったから、みんながそう思っているから、そんな理由で信じていて、

 

そして、信じていたことが、正しいことだと、何の疑いもなく、他人にも同意を求めていたことに、気が付いたそうです。

 

売春がいいか、悪いかは、

 

ここでは置いておいて、

 

よく僕たちがやりがちなのは、

 

自分が正しいと思って、

 

相談すら受けていないのに、

 

自分の目線だけで、

 

アドバイスをしてしまうこと。

 

こういうことは、相手からしてみたら、ただのお節介だと感じることが、多々あります。

(反対のケースを考えると、もっと分かりやすいかも)

 

その人の生い立ちとか、

 

置かれている立場とか、

 

大切にしている価値観とか、

 

ついついすっ飛ばして、

 

良かれと思ってアドバイスしたり、

 

自分が正しいと思って諭すことも、

 

相手にとっては、余計なお世話だと感じることは多いと思います。

 

別のケースだと、自分の成功体験も、

 

あくまで『自分の』成功体験であって、

 

そのやり方が、他の人にも通用するかは、分からないです。

 

相談に乗るのが好きな人や

 

お説教が好きな人ほど、

 

結構見落としていて、

 

実は自分の思い込みを

(ドラマとも言いますが)

 

問題を見ている相手に『投影』していることが多いです。

 

とりわけ、スピリチュアルなど霊的な視野を通して、『心』のことを学んでいる人が、

 

混同しがちなのが、

 

 人間は『ひとつ』であるという概念。

 

しかし、今、私たちがいるのは、『肉体』を持って生まれた人間界。

 

『分離』が当たり前で、表現も様々で、価値観も違うもの同士が生きている世界。

 

ものを見る際に、フィルター(知覚)が掛かっているので、

 

概して、人は、自分のことしか見えず、相手の状況までは見えていないことが多いです。

(僕も、ものすごく気をつけているところですが……)

 

だから、まずは、相手を通して、自分が見えていることや恐れを感じたこと、ジャッジしていることに注意を払って、

 

問題を見ているのは、

 

『自分である』という視点に気が付くこと。

 

そして、問題の中身を出来たら誰かにシェアすることで、

 

思い込み(知覚)を相手に指摘してもらうことで、訂正すること。

 

そして、相手の立場に立つことや心を重ねることを心掛けること。

 

そのようなことが、独りよがりになりがちな自分自身が、人とつながり合うことでもあり、

 

当たり前に信じていたことの正反対のことがあり、

 

『形』(売春をしているとか)だけを見て、

 

良いか、悪いかを判断(ジャッジ)している世界から

 

段々と抜けていくことになります。

 

話を戻すと、結局、有働さんがその子に取材したことは、NHKには提案出来なかったそうです。

 

そして、しばらく言葉が出てこなくなるほど、怖くなったけれど、

 

言葉を使い、人に伝えることということは、そういうことだと、教えられたと

 

言っていました。

 

これは有名無名に限らずだけど、

 

自分の意見を言葉にすることって、もしかしたら、ある人の人生を変えるぐらいの影響力があるかもしれない。

 

SNSが普及して、手軽に言葉を伝えられる時代だからこそ、

 

今は、色んな言葉が出回っていて、

 

何の裏付けもないことでも、言葉のインパクトの強さや勢いに押されて、

 

良いものだと信じたり、

 

自分の頭で考えることなく、

 

正しいと思うものに当てはめることで、

 

自分だけでなく、相手を裁いてしまうときがあります。

 

自分がよいものを人に勧めることは、自然なことだけど、

 

まずは、相手の存在を尊重して、

 

話をよく聴き、

 

相手の心に思いに馳せること。

 

そして、問題と見ている自分自身の視点に気が付き、

 

まずは、問題として現れている『形』の奥にあるものを、自分がまずは受け取り、

 

相手の真の思いを先に受け取り、感謝をすることだと、思います。